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人間という最大の謎に挑む―『心と脳』

心と脳――認知科学入門 (岩波新書)

「記憶」とは何なのかについて興味があり、認知科学の本を何冊か読んでいる。今回は、安西祐一郎『心と脳―認知科学入門』を取り上げる。

心、脳、社会

「心」という現象がある。たとえば感情や思考、言葉、記憶、学習といったはたらきを「心」と呼ぶ。心は「脳」から生み出されていることは分かっている。

複数の心が集まると「社会」を作り出す。逆に社会は心にも影響を及ぼし、相互作用となって複雑に変化していく。

脳がどのように心を生み出し、社会を作り出していくのかという問題は、我々人間という存在における最大の謎の一つである。

この問題に人類は紀元前から取り組んできた。古くから哲学で扱われてきたその問題は、時代を経て、医学、社会科学、人文学、理工学などといった分野で研究されるようになった。

情報科学の登場と認知科学

このような心の探求は三千年近くにわたって世界各地に蓄積されてきた。しかし1930年代から40年代にかけて登場した情報科学によって、ここにきて大きく飛躍することになった。これまで別々の分野で研究されていた心の探求が、情報の概念と情報科学の方法論をもとに合流した。

情報科学が心の探求に与えたインパクトを以下に挙げる。

  • 心や脳のはたらきの解明に役立つ概念や用語の多くを与えた
  • 実験や観察、モデル化の方法を提供した
  • 心の研究者の考え方自体に情報の概念を刷り込んだ

情報科学は、心や脳といった一見とらえどころのない概念に対して、これらを情報処理システムとみなすことで、科学の方法で扱えるモジュールにした。これによって、心の探求を扱っていた多種多様な学術分野が情報という共通の言語を手に入れたことで、分野を横断して議論ができるようになったのだ。

この学問全体を巻き込んだ非常に大掛かりな知的探求の方法論は、1950年代に一部の先駆的な研究者らによって見出され、1970年代には「認知科学」と名付けられた。本書では、認知科学は一つの完成された学問ではなく、今もなお急速に発展を続けている知的営みであるとしている。

脳活動計測の発展

1980年代に入ると、脳活動を計測する技術が急速に発展した。これによって、心と脳の関係が飛躍的に明らかにされてきた。

脳の一部の欠損が心の機能の一部を失わせるということは、それまでの研究でも分かっていたことだった。たとえば脳梁を切断した患者が分離脳の症状になったり、海馬の一部を切除した患者が手術以降の記憶を健忘するようになったりといったものは、比較的古くから知られていた。このような臨床の成果により、心の機能はそれぞれ脳の一部分に対応しているとする考え方(脳機能局在論)が生まれた。しかしこのような考え方が支持されたのは、当時は脳の機能を観測する方法として、脳の一部分の欠損や刺激という方法に頼らざるを得なかったからという点が大きい。

これまでそういった臨床でしか観測できなかった脳の機能の探求は、ここ20年あまりでは、脳活動計測というまったく新しい方法で行われるようになった。脳活動計測は、心と脳の関係を客観的に計測できるようにするものである。これはつまり、心のはたらきをより科学的にとらえることができるようになったということを意味する。その点で、認知科学に対して非常に大きなインパクトを与えた。

そして脳活動計測の発展は、心のはたらきは脳の一部ではなく、脳全体の機能が複雑に影響しあって生まれるという考え方(脳機能全体論)を押し上げることになった。

本書を読んで

本書は、認知科学の歴史および認知科学が扱っている様々な問題について網羅的に紹介されている。そのため、300ページ足らずの新書でありながら情報量が尋常ではなく、読み進めるのにも苦労する。しかし、私のように認知科学という分野に興味をもった人間が、全体を見渡す地図として読んでおく本として適している。

認知科学とは、三千年もの歴史をもつ「心」の解明に、現代の科学技術を駆使して挑む壮大な冒険である。著者がそう言い切るように、心と脳という人類最大の謎の一つに挑み続ける研究者たちのロマンを感じる一冊だ。

なお、本書の読書記録は以下のマインドマップに起こした。

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心と脳――認知科学入門 (岩波新書)

心と脳――認知科学入門 (岩波新書)