机に伏せて寝る集中メソッドについて

誰かの伝記で読んだ勉強方法で「勉強の集中力を高めるには寝るのがいい。ただし布団で寝ると一晩寝てしまうので、机に伏せて寝るようにした。それなら3時間で目が覚めるので、また集中して勉強することができる」というのがあった。俺はなるほどと思ってそれを実践した。
当時の俺は高専5年生で、大学編入試の受験生だった。
俺は試験勉強が嫌いだし集中力がどうにも低い。ただ寝起きだけは一つのことに没頭することができた。なので机に伏せて3時間寝てスッキリして勉強して、集中力が途切れてきたらまた伏せて寝る、というこのスタイルは理にかなっていた。
このスタイルを続けているとベッドを使用しなくなり、部屋からも出なくなり、肉体的にも精神的にも追い詰められていって特殊な精神状態が作られるのだった。

効果は出た。試験勉強嫌いの俺でもなんとか国立大学に合格することができた(繰り上げ合格だけど)。素晴らしいメソッドであった。しかしながらこの集中方法はデメリットも大きかった。肉体的な問題だ。
机に伏せて寝ると首に負荷がかかり「寝違えた」ような痛みが出る。尻には出来物ができ、座るのが苦痛になった。それから横にならない生活を続けることで血が足に溜まり、靴のサイズがワンサイズ大きくなった。肩や腰にも痛みが出てきて、体中がガタガタになった。
もっと根本的な問題があった。「3時間で起きられる」というメソッドだったはずなのに、机に伏せて寝る睡眠時間は日を追うごとに4時間、5時間とどんどん伸びていき、最終的には10時間も熟睡できるようになってしまった。机に伏せて10時間寝るとどうなるかというと、下半身がうっ血し、首は固まり、覚醒してから起き上がるまでにさらに1時間かかる。
それでも睡眠のあとには集中力が与えられたので俺はこの方法に打ち込んだ。最終的には自分が寝ているのか起きているのかよく分からなくなった。

肉体的ダメージより大きかったのは精神的弊害だった。「そうすることで集中できる」というメソッドだったはずが、「そうしないと集中できない」体になってしまった。3年次から編入した大学で、俺は授業が始まると机に伏せた。寝ているような起きているような状態を作り、ぼんやりと授業を聞いた。もちろん半分は寝ていた。目に光が入っていると集中力の妨げになるのだ。同じクラスの友達から「寝姿が堂に入っている」と評価された。そりゃそうだ。俺はこれでここまできた。

研究室に所属するようになり、俺はこの方法を続けた。研究は行き詰まっていた。教授に毎週のゼミで叱咤される日々。俺は机に伏せ、覚醒と睡眠の狭間でゴミの様な発表スライドを作りまくり、ダメコードを書きまくった。夢の中でコーディングしていたら起きたらできてる、という状態が続いた。俺は、妖精さんだ!!妖精さんが書いてくれた!!と思った。体も精神も病んでいた。
やがてメソッドの限界が来た。いくら寝ても、ついには妖精さんが現れなくなった。寝ても覚めても研究は進んでいなかった。学問の道は厳しい。俺の集中力だけでどうにかできる領域はとうに過ぎていたのだ。俺はギフトを失い、激怒する教授とボロボロの自分だけが残った。

結論としては、ちゃんと布団で寝た方がいいですよ。